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19日間の研修 〜一年前の振り返り〜

タルマーリーでの研修が決まってからの一ヶ月はあっという間で、出発する数日前からは荷物の準備が始まった。勝山へは車で行くことにしていたので、必要な物は全て持って行くことにした。

自分が寝る為の布団一式や食器やお箸。天気予報を見ると、2月の勝山は雪マークが出たりしてとても寒そうだったので、いつも使っている湯たんぽや大きめのショールも追加した。小豆島産のオリーブオイルも忘れない。料理の本数冊とPCも持って行く。これだけは持ってきてと言われていたエプロン数枚と帽子(寒いのでニット帽といざという時のワークキャップ)も詰め込んだ。

一ヶ月も家を空けるというのは主婦としては申し訳ない気持ちもあり、すぐに食べられる物をと、直前までお惣菜を作っていた。一週間分くらいだったが、無いよりはマシだろうと冷凍庫に押し込んだ。これで私の出発前の仕事は終わった。

出発
旦那様に港でお見送りをしてもらい、ちょっとだけ後ろ髪引かれつつもいよいよ出発!

勝山
車をブンブン走らせて、岡山県真庭市にある勝山へ到着。近くには大きな川が流れていて、橋の上から覗き込むと澄んだ川底には大きな鯉が泳いでいた。

到着してすぐに、車に詰め込んだ荷物を運ぶ。研修期間の一ヶ月、既存スタッフの家に、一部屋間借りさせてもらうことになっていたのだ。当時35歳の私は家族以外の人との共同生活も初めてで少し緊張していたが、入ったその日の夜には、スタッフ皆(全員20代)にクスクス&野菜の煮込みを作ってもらい、ご飯を囲みながら話が出来たので、とても良いスタートを切らせてもらえた。

私には同期がいた。一緒にクスクスを頬張っていた研修同期のタックンは、チビでちんちくりんな私とは違い、ガッチリとしたとても頭の良い男の子だった。話を聞くと、パンに興味があって研修生になったのではなく、イタルさんが書いた『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』を読んで、タルマーリーに興味を持った。4月から就職が決まっていたタックンは就職前の休みを利用して、自分の目で見て感じたいと応募したそうだ。私とは全く違う動機だったので、すごいなぁと妙に関心したりもした。


タルマーリーでは基本的なスケジュールが出来上がっている。月曜、火曜はお休み。水曜は仕込み/皆でお昼を囲んでMTG、木、金、土、日は製造&販売・発送。年に二度は長いお休みを取る。

研修初日は翌日の営業に備えた仕込みの日だった。研修生の私とタックンは、パンの副材料(ドライフルーツやナッツなど)の計量を任された。任されたはいいが、電車の時刻表(分厚い時刻表)のような数字の中から副材料を見つけ出し量る作業は、私は最後まで苦手だった。頭の良いタックンは、あっという間に覚えてしまい、ちゃっちゃとこなしていた。もたもたしている私にマリさんが声をかけた。「今日のお昼のまかない、よろしくね。」

水曜日にはお昼を囲んでMTGがあり、スタッフがまかないを用意する。それを任せて貰えたのだ。ただし、何でも良いというわけではない。まず当たり前なのが、そこにあるもので作ること。主食がタルマーリーのパンなので、それに合うもの。ベジタリアンのスタッフがいたので動物性の食材は使わない事。そして、イタルさんは砂糖が苦手だそうで、砂糖を使わないで作ることだった。初のまかないは約10名分で「じゃがいもと里芋の豆乳ポタージュ、れんこんと菜っ葉のガーリック炒め」が完成。ポタージュを飲んだイタルさんが、「これ美味しいね〜!!!」と言ってくれたので、とてもホッとしたと同時に、すごく嬉しかった。なので、タルマーリーにいる間の1ヶ月間、人の為に作る料理はお肉やお魚を一切使わないと決めた。それでどれだけ満足してもらえるごはんが出来るかを試すことした。

ミーティングでは翌日からの営業についてや、研修の一ヶ月の間には、勝山の町が一番賑わう「お雛祭り」があり、それをどう乗り越えるのか、といった話など色々されていたが、私にとって衝撃的だったのは私がタルマーリーにスタッフとして居られる日数が判明した時だった。営業日を確認したところで、なんと、数えてみたらたったの19日であることが判明した。それもそのはず、一ヶ月の研修とは言うものの、月曜・火曜は定休日。更に、3月上旬は勝山の町が一番賑わう「お雛祭り」があり、その後は長めの休暇をとると言われたのだ。…貴重な19日、いや、すでに1日消化している。残り18日。


二日目。
雪がチラチラと舞う朝の7:30頃お店へ入った。

タルマーリーの朝は早い。
製造スタッフは朝3:30くらいにはお店へ入るが、店主のイタルさんはすでにその前から仕事に取り掛かっているそうだ。その為、研修生の私がお店に入る頃には、すでに窯には火が入れられており、皆忙しそうに仕事をしている。

すでに面接の時にイタルさんからは「パン生地には触らせてあげられないよ」と言われていたので、販売&カフェの仕事をさせてもらうことになっていた。製造場を通り過ぎ、荷物を置き、ニット帽とエプロンをつけ準備万端。まずは掃除に取り掛かる。箒を使って掃き掃除をし、使い古された雑巾と少し曲がったブリキ(物を大事に使っている事が分かる)のバケツに水を汲み床を拭く。

掃いたり拭いたりしているんだけれど、なんだかフワフワとして、現実味がなく、夢の中にいるような、そんな感じだった。だって、つい数日前まで小豆島で普通に主婦をしていた私が、今はパン屋で掃除をしている。自分から飛び込んだはずだったが、とにかく現実味がなかった。そして、初日にも関わらず、ここを去る時の自分が頭の中に浮かんで、何故か涙目になっていた。おいおいまだ初日だぞ、早すぎるわ…と、自分にツッコミを入れた。

私の一日の仕事は、朝は掃除から始まり、イートインスペースになっているカフェの運営(とはいえ、パンのカット&リベイク、簡単なサンド作り、コーヒーなどの飲み物を用意してお持ちする程度)や、発送業務のお手伝い、翌日カフェで使う物の補充、手が空けばひたすら掃除だった。

朝の掃除の最中には、工房ではパン生地の捏ねる作業や分割、成形、焼成がされていた。何度も書くが「パン生地は触らせてあげられないからね」と言われていたので、私は箒や雑巾を握ったまま、遠くから、じっとりとした目でパン生地の状態や分割される様、成形する手元を見ていた。もちろん掃除の手は動かしながらだが、出来る限りひたすら見ていた。今思えば、その視線に気が付かれていたとしたら、かなり気持ち悪かったろうに…。いや、そんなことには構っていられない。なんせ私には時間が無かったのだ。

私が勝山に居られる一ヶ月。
勉強出来る事は、ぜーんぶ吸収して帰ると決めた。

つづく
※この出来事は2014年2月中旬の事です。 

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タルマーリー
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
colocal


 



 
author:chiho, category:タルマーリーでの日々, 18:27
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パン屋タルマーリー研修生、募集。

2012年5月に小豆島へ移住し、もうすぐ丸2年。

こちらへ来てから始めたパン作り。製菓の学校や教室へも行ったことがなく、独学でパンを作り始めてから、漠然と「いつか、天然酵母のパン屋さんで働いてみたい。パン作りを間近で見てみたい。」そう思うようになっていた。でも、小豆島で家庭を持つ身としては、それは叶わない夢だと思っておりました。

遡ること2013年12月。
こんな募集を知りました。

パン屋タルマーリー研修生、募集。

☆パン屋タルマーリーでは、研修生を随時募集しています☆

自然栽培と天然菌のパンづくり。

「パン屋タルマーリー」をまるごと本気で学びたい方の応募をお待ちしております。

【 研修内容 】

・パンの店頭販売、発送作業に関わる補助業務

・カフェ運営に関わる補助業務

・パンや焼菓子の製造に関わる補助業務

etc…


【 募集条件 】

1.健康で体力があり、仲間とのチームワークで仕事ができる方

2.好奇心をもち、様々な仕事に積極的に取り組める方

3.社会人として基本的なマナーがある方

4.パン製造や飲食店厨房の現場経験がある方を優遇

5.独立志望の方を優遇

6.エクセル、ワードの基本操作ができる方を優遇

◆研修期間

※随時、原則的に、4週間に1名を受入れます。

※日程は、応相談。

※研修の後、社員登用の可能性もあります。

◆労働時間

水曜   :午前8時〜午後4時

木〜日曜:午前9時〜午後5時

月〜火曜:休日

◆食事

基本的に、すべて支給。

◆宿泊

オーナー自宅または研修生用の寮に住み込み。

◆応募方法

研修を希望される方は、研修希望の理由を添えて、履歴書を送付して下さい。

書類審査のうえ、採用の場合はご連絡いたします。


実はタルマーリーさんへは行ったことがなく、人から聞いた話や本や雑誌で「素敵なパン屋さん」ということは知っていて、パンは取り寄せた人に分けてもらって食べたことがあり、力強いパンだなぁと感じた。

…4週間で1名。
島へ来てから漠然と抱いていた夢。
叶わないと思っていた事が叶うかもしれない。
4週間という期間限定の夢のような募集で、しかもそれがタルマーリーさん。
これを見た瞬間「行くしかない」と旦那さんにメールし、すぐに返って来た答えが「行っておいでよ」だった。

それから始まったのが志望動機を文章にすること。
小豆島へ移ってからの生活。パン作りについて。なぜ応募したのか。どうしてタルマーリーさんだったのか。etc…

書いては旦那さんに読んでもらう。NGを出され、修正、書き直しを繰り返し、それでもNGを出され、もう分からん!となりながらも書き直し、想いを詰め込んだ。理由を書き出せば色々出てくるだろうけど、今思えば「行くしかない!」ただそれだけ。それしかなかった。


タルマーリーさんにアポをとり、年が明けて1月。
数年ぶりに書いた履歴書を手に、お店を訪れた。


店内はパンの良い香り。商品棚には焼きたてのパンが並ぶ。

お店でも使われている粉や副材料の量り売り。

こだわりの調味料が並ぶ。

パンを買い求めるお客さんが何人かいて、私は棚を眺めながら待つ。しばらく待って、私だけになって、レジの向こう側にいる女性に声をかけようとしたら、逆に「お久しぶりです〜」と言われて、かなりびっくりした。


一年ほど前の話。

リストランテ フリュウ (Ristorante FURYU)
私はこちらでお世話になっており、以前タルマーリーさん一家が小豆島へ旅行へ来られた際、「岡山のパン屋さん」が来られるということで、仕事で入っていた。ご主人のイタルさんは「おいしいね〜!」と良くお話になり、奥様のマリコさんは、静かにワインを飲みながらお食事を楽しまれていた。素敵家族だな〜とお見送りした覚えがある。

だから、私は一方的にタルマーリーさん一家に面識があり、勝手に親近感を沸かせていた。なので、かなり前に旅行先で食事をした店員の私の事なんて覚えているはずがないと思っていたのに、タルマーリーの女将マリコさんの方から声を掛けられことに驚いた。

どうぞどうぞと奥へ通される。中はイートインスペースになっており、素敵空間が広がっていた。席に通され座って待つ。しばらくすると、ご主人のイタルさんが現れた。

挨拶をして、履歴書と自分の想いを書き散らかした志望動機のお手紙を渡すと、イタルさんは「フムフム〜、あ〜そうなんだ。へぇ〜、小豆島ねぇ〜。そっか。そっか。フムフム。フムフム。。。」と、ひと通り、その場で目を通してくださった。そして、希望の職種の欄に「パン&菓子製造の現場でお仕事したいです」の記入を見て、「パン生地は触らせてあげられないよ。ここにいるスタッフも、順を追って仕事をしているからね。それでもいい?」と言われた。

「はい、構いません!それ以外にも学ぶ事は沢山あるし、製造の工程を見るだけでもいいんです!」と、とにかく食い付いた。だって私の中では、もう、行くしかない。それしかなかったから。

途中からマリコさんも同席され、ひと通り書類に目を通し、イタルさんの「どうする?」という問いに「いいんじゃない?」と。早速日程決めよっか〜という話になった。

…これって、来てもいいってことか?こんなにサラッと決まるもんなのか?わざわざ小豆島から履歴書持って来てるし、目の前で断るのも忍びないという事か?いや、それはそれで申し訳ない気がする!!!と、恐る恐る聞いてみた。

「あのう、これって、もう、来ても良いということでしょうか?もし、わざわざ履歴書を持って来てるしって言う事でしたら、改めて合否をご検討頂いた上でのご連絡でも構いません。」と伝えると、あっさり「いいよ〜、おいで。」と、スケジュールの話になった。現状研修生がいるので用意出来る部屋も無く、今すぐは無理という理由で、2月19日から1ヶ月間という事になった。

イタルさんは、よし!じゃあ!皆に紹介しよう!!!と、工房の方へ案内してくださり、スタッフを紹介してくれるのだったが、実は、14:30の電車に乗る必要があり、この時点で14:15。帰りの電車の時間が迫っていた。スタッフ全員に簡単にご挨拶を済ませると14:20。すみません、30分の電車に乗らないと島へ帰れなくなるので…と言うと、「おお!!!時間ないじゃん!」と、かなりバタバタしたままお店を後にしたのだった。

iPhoneImage.png
最寄りの中国勝山駅

ギリギリで電車に乗り込んだ。往路は、乗り換えやら何やらで長い時間電車に揺られ、とても長く感じていた。帰りの電車も同じルートで帰るのだけれど、膝に抱えたバックパックからは、タルマーリーさんで購入したパン達の香りがする。パンの香りに包まれながら電車に揺られてウトウトしながらも、1ヶ月後の出発にワクワクしていたのだった


続く。


 
author:chiho, category:挑戦, 16:34
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小豆島の冬 〜本気の雪ウサギ〜
「小豆島ってあったかそうだよね」
これ、よく言われます。

我が家は、北に山(寒霞渓)、南に海(内海湾)があります。山からは寒霞渓おろしと言って、冬になると風がビュ〜ビュ〜ゴ〜ゴ〜と吹き降ろし、それはそれは寒いのです。海からも海風が吹くので、やっぱり寒いのです。昨年に比べたら今年はまだ暖かい方かなと思っていましたが、やっぱり2月。立春過ぎてからの寒さの巻き返し。なめてました。今日明日と全国的に大雪の予報。


小豆島の冬(2014/2/8)


内海ダムから見上げた雪山。おさる達は猿団子になってるのかな。


見下ろすと海も見えます


碁石山に少し登るも諦める


狸か?


誰かがつくった雪ダルマ


実家のある愛知県でも、1年に1〜2回は大雪が降ります。
7〜10cm位積もった時には、泥のついていない雪を集めに集め、雪だるまを作ったものでした。


2011年1月製作。目はニンジン。


雪ウサギ


こう見えて、180センチくらいあります。3〜4時間かけてひたすら作り、作り終わる頃にはベッタベタになりますが、その後入るお風呂がサイコーなのです。


夜見た時は正直怖かった(笑)
なかなか溶けず、1ヶ月くらいありました。


2012年2月青森にて製作の雪ウサギ(乗れます)


さて、雪ウサギはよしとして、小豆島の寒い冬に作られるのは寒素麺。

真砂喜之助製麺所さんのおそうめんを釜揚げで。ぽっかぽかに温まって、それはそれはおいしいのです。


おそうめんは夏だけの食べ物ではありません♪
グリーンレモンオリーブオイルやら、お好みで食べるラー油やらいれても良し!ダシもアツアツを用意してね。


我が家の観葉植物達も、あまりの寒さに元気をなくす。
島の花屋「pensée」さんにアドバイスもらい、今はこんな事になってます。

がんばれ〜。もうすぐ春だよ。

どうでもいいのですが、私は夏が好きです。
早く暖かくならんかなぁ〜。


真砂喜之助製麺所
i's Life


 
author:chiho, category:その他, 17:24
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こうやまき
「恵方巻き」を知ったのは、ここ数年の事です。それまで我が家では、2月3日は豆を撒き、イワシを食べる日でした。そして、イワシの頭をヒイラギのトゲトゲの枝の先につけて、玄関先に飾る(イワシの匂いとトゲトゲを鬼が嫌うとかなんとか)も、いつの間にかノラ猫に、イワシの頭だけ食べられ、トゲトゲだけが残るという一連の流れがあるのですが、毎年やっていた気がするのです。


それが、いつの頃からTVCMで、「2月3日は恵方巻きを食べよう〜♪今年の方角はこっち!」と流れるようになり、「恵方巻き」を食べる事が追加されたのです。

2月3日の朝。
節分。
豆まき。
恵方巻き。
…太巻き、作ってみようかな。

と思っていたら、玄関のブサーが鳴り、ご近所さんが「これ、少しだけど!」と、大きな太巻きを一本持って現れた。


どどん。

もちろん有難く頂戴し、ちょうど休みで家にいた旦那さんと、お昼に半分こ。東北東に貼ってある福助の写真を眺めながら、二人して、ひたすら黙々と食べすすめた。

子供の頃から母ちゃんは「太巻き、本当に美味しいわぁ〜」と言っては、ムシャムシャとたいらげているのを見ていたのを思い出した。その頃私は太巻きの魅力がさっぱり分からなかった。でも、子供の頃よりも好きになったな。こんなに集中して太巻き食べたのは初めてかもしれないな。これはかんぴょうか。太巻きとはかんぴょうが主役のお料理だな。あ、これは、でんぶが入っていないのか。あぁ、やっぱり、でんぶが入った方が太巻き感がでるのにな。酢飯具体がいいやつだなぁ…など、雑念いっぱいだったが最後までだんまりで食べきった。ゴチソウサマデシタ!!!

さて、恵方巻きは食べたし、夜は何か別の物にしよう!と思っていたら、今度は別のご近所さんから、これまた立派な恵方巻きを頂いた。

…夜も恵方巻き。


さすがに夜は切り分けて。イワシも焼いて。豆は落花生で。

そういえば、小豆島へ来たばかりの頃、100円ショップに「こうやまき、ありマス」という貼り紙が貼ってあるのを見て、店内で「こうやまき」を探したが見つからなかった。何度か訪れるたび「こうやまき」今日も無いな…どんな巻き物なんだろうかと思い巡らせるも巡り会えず、挙句、道ゆく人をつかまえ貼り紙を指差し「こうやまきって、どんな巻き物ですか?海苔巻きの仲間ですか?」と聞くも、「違う」と立ち去った。

あとから「高野槙」という植物で有る事が判明したが、「こうやまきって、海苔巻きの仲間ですか?」と聞いた通りすがりの方、私はさぞかし食いしん坊に映ったに違いない。なんのこっちゃ。

さて、これで春がやってきます。
author:chiho, category:行事, 10:24
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もやし屋さんのもやし
「こまめねずみの毎日〜移住した小豆島での何気ない日々〜」とサブタイトルに書いているのに、ここ1年くらい過去を振り返ってばかりで、小豆島での生活があまりにも見えてこないと反省しました。

と言う訳で。。。
今回は、そろそろお味噌を仕込む予定なので、それについて書いてみようかと思います。

私が作るお味噌は「大豆、麹、塩」を使います。
大豆…岐阜県産の大豆(実家が豆腐屋なのでそこから送ってもらう)
麹 …小豆島産の麹
塩 …伯方の塩

2012年1月。
島へ来る前だったので、市販の麹を使って生まれて初めてお味噌を仕込みました。1年後にお味噌は完成し、なかなか美味しく出来ておりました。それ以来、私の年間スケジュールには「手前味噌作り」が組み込まれることになりました。

小豆島へ移り住んでからというもの、食材はなるべく島のものを使おうと心がけています。もちろん絶対ではありません。私の中で大事なのは「分かりやすい」という事。例えば、お味噌汁を作る時のダシ。顆粒ダシではなく、かつおの削り粉を使ったり。これは鰹節を削る際に出る、粉の部分を集めたもの。粉になっているので、そのまま入れられて全部食べてしまえる。という具合に、分かりやすい素材を使いたいのです。これはいつも高松の乾物屋さんへ買いに行きます。できれば、それを加工しているところまで見学に行きたいところですが、そこまではなかなか。。。島ではお醤油の蔵を見学させてもらったりと、作り手がとても近く感じるのですね。

小豆島に麹屋さんがあると知ったのは島へ来てから。2013年1月のお味噌には、小豆島で作られた麹を使い、お味噌を仕込みました。そろそろ、2014年度のお味噌を仕込むべく、今日は麹屋さんへ行ってきました。

おばちゃんは「若い人と話をするのは楽しい」と、麹を買いに行くたび色々話しをしてくれました。「嫁に来たばかりの頃は、道も人も、知らない事が多かったから、バイクで配達しては、色んな道を覚えたもんだよ」とか。「おばちゃんとこはな、結構パンが好きで食べるんや」とか。

昨年末、実家用の麹を買いに行った時「新しい麹は1月の半ばには作るで〜」と聞いていたのですが、おばちゃんは私の顔を見るなり「あぁ!今日ちょうど新しい麹が出来たで、連絡しようかと思っとったで、丁度良かった!」と。連絡先伝えてたっけか?と思ったけど、わざわざ連絡しようと思ってくれてたのが嬉しくて。親戚のおばちゃんに会いに来たような、そんな近さ。「丁度良かった!おばちゃん、麹3キロちょうだい」と、麹のある建物に入るおばちゃんを追って入ると、おじちゃんが作業してました。


神戸から麹の注文が入ってて、何十キロと送らなければならないそう。おじちゃんは手を休めることなく、丁寧に麹を分けるのです。

「写真撮ってもいいですか?」と聞くと、「ええよ〜」
「写真撮るならここも撮るか?」と扉を開けてくれたのは、麹室(むろ)。


小さな入り口。

こじんまりした小さな麹室は暖かく、箱に入った状態の麹が積まれていました。


麹(糀)の花が咲いてます。


ほわほわ。


麹で使うお米は、おじちゃんとおばちゃんで米作りからしています。「他所で米を買うと、古米をブレンドしたものもある。自分とこの米ならそれは無い。もし麹にする米が無くなってしまった時は、信頼している人にわけてもらうんや。そこは、こだわっとるところやな」と。


量ってくれる。

後ろからおばちゃんが「あんた、干し柿作ったか?」と聞いてきた。「沢山作ったけど、全部人にあげてしまったから、もうないの」というと、四角いおせんべいの缶をパカッと開けると、おばちゃんが作った干し柿が入っている。「かっこの良いやつから人にあげるで、小さいのしかないわ!」とポイポイっと入れてくれる。

そして、ここの麹屋さんは「モヤシ」も作っています。麹のことを「もやし」とも言いますが、ここは「もやし屋さんが作るモヤシ」う〜ん、ややこしい。。。もやしを作る環境が麹を作る環境と、とても似ているそうなのです。そして、ここの「モヤシ」を食べると、他の「モヤシ」が食べられなくなる程おいしいのです。シャキッシャキ!!!ホントに歯ごたえが違う。激ウマな「モヤシ」なのです。学校の給食なんかで注文があるんだそう。ほんと、シャキッシャキ!!!

※この時点で、今夜のメニューは決まりました。


帰り際、焼いておいた米粉入りのやわらかパンをおばちゃんに渡すと、とても喜んでくれました。その顔を見てとても嬉しくなりました。干し柿を貰って喜んでる私の顔を見て、おばちゃんもそう思ったかなぁ。そんなやり取りが出来るようになった小豆島での生活。

家に帰って干し柿を一つ。自然の甘さなのに、めちゃくちゃ甘い。
思わずもう一つ。

そりゃあもう、めちゃくちゃオイシイのです。

そして、夜ごはんは真砂喜之助製麺所さんの太口そうめんを使ったラーメン風に。だしは削り粉、お塩は御塩、醤油はヤマロク醤油さんの鶴醤。モヤシ炒めをたっぷりのせて、さらに自家製ラー油ものっけます。海苔も小豆島産のもみ海苔を。なんて贅沢なんでしょう。


お腹が空いていたとはいえ、完成した三束分のおそうめんを見て「…やりすぎた」と一瞬思ったけれど、ペロリと完食したのでした。
ゴチソーサマデシタ!!!

麹も手に入ったので
1月28日お味噌を仕込むぞ!!!
author:chiho, category:手作りのもの, 00:49
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再発
怪我をすると再生するように、生き物は何かを失うと、再生しようとします。難しい事は良く分かりませんが、DNAに組み込まれているものなのでしょう。

門脈シャントにも同じ事が言えるようで、肝臓を通らずに直接心臓へ行ってしまったシャント血管を閉じた場合、本来あるべき血管を通って血液を運ぶ事で、手術は成功したといえます。が、閉められたシャント血管にしてみれば、行き場を失ったと同じ事。失った行き場を求めて、血管は伸びようとするそうです。その場合、閉めたシャント血管を再び開通させようとするのではなく、もっと複雑に伸びようと試みるのだそうです。結果、毛細血管の様な複雑な網目状の門脈シャント(多発性肝外シャント)が発生するそうです。そうなってしまったら最後、手術すら出来ないとのこと。門脈シャントは手術をしても、再発する可能性が高い病気なのです。※ざっくりそんな感じだったと思う。

小豆島に移ってからというもの、実家から電話があると、「福ちゃんどう?」から始まり、「福ちゃんは、、、今こっち見とるわ。ふ〜くちゃ〜ん♪」という具合に、まずは福助の様子を聞いていた。あの大手術から生還した福助は、術後の経過も見てもらう為通院し、定期的に血液検査もしていたようだったが、みんな無事手術が終わった安心感からか、通院の間隔が空いてしまったようだった。

久しぶり(といっても2週間ぐらいか?)に通院した時に先生から言われたのが「う〜ん、痩せてきてる、おかしいな。」だった。確かに、送られてくる写真は、足だけがひょろひょろっと長くて、柴犬のムチっと感が無かった気がする。それも、まだまだ子犬だし、徐々に肉付きが良くなるだろうと思っていた。が、違っていた。先生がわき腹を触ると、あばら骨が浮き出ているほど福助は痩せ細っていたのだった。病気をしていたとはいえ、手術で回復に向かっているはずなのに。。。あきらかに、おかしい。

血液検査の結果をみれば一目瞭然。
肝機能検査で有効な総胆汁酸(単位μmol/l.参考基準範囲10〜20
■6月1日(81.2)
■6月15日(184.7)
■6月30日(
食前192.3/食後531.0

…完全に振り切ってるやん。もう、ぶっちぎり。


うつろな目。

検査の数値から、迷っている時間は無かった。
前回の福助の生命力から考えるに、ヤツなら乗り切れる。
もうこうなったらやるしかない!という結論に至る。

二回目!!!

流石の福助も二度目の手術で辛そう…。


こやつ、生まれて半年の間で2度も手術をすることになるとは。。。肝臓の奥に、更に大きなシャント血管が隠れていたそうな。









そして…



















復活!

ガルルル


傷も徐々に消えていく。。。


二度の大きな手術を乗り越えた福助は、2012年9月2日の検査で総胆汁酸15.1(標準10〜20)と正常値に。でも、免疫力・抵抗力の低下などによってアカラスという皮膚病を発症。狭いゲージの中から脱出を繰り返す福助。外に出たいんだな!という事で、庭で自由にさせていた。外の風を感じ、お日様にしっかりあたる事で健康になって欲しいのが家族の想い。福助は家に来てすぐに病気が発覚した為、ワクチンや狂犬病の注射が出来ず、なかなか外で散歩させることが出来なかったのです。通院時、「福助は外でのびのびしています」と言うと「え?!福ちゃん外にいるんですか?!」と、先生は驚かれたようだ。


アカラスでハゲ散らかり、ちょっと痩せてるけど、すっかり元気。
※アカラスについて http://www.petwell.jp/disease/dog/akarasu.html


そのまま夏が過ぎ、秋になったある日。
いつものように実家からの電話は福助の話だった。
「福助の歩き方がおかしい。病院へ行った方がいいかなぁ…」

詳しく聞くと、こうだ。
いつも放し飼いにしている庭で「ボク!ゲンキダヨ〜!!!」と言わんばかりに、家族が見守る中、テンション高く走り回っていたかと思うと、庭の隅。死角にあたるコーナーをフルスピードで走り抜けた直後「キャキャキャ〜ン!!!」と鳴いたそうな。急いで家族が駆けつけると、福助はへたり込み、あまりの痛さにチビっていたそうだ。どうやら、右後ろ足をぐねってしまったらしい。

また「病院行った方がいいかなぁ」と言うので、「まぁ、多分大丈夫じゃない?少し様子を見て、ずっと引きずっているようだったら行ってみたらいいんでないの。」と伝えた。しばらく様子を見ていたそうだが、血液検査もあって病院へ連れていくと、いつもの様に体全体を触診する先生。一発で「足が外れてるね」と言い当てたそうな。ステージいくつかは忘れたが、手術をした方がいいんじゃないか?という事だった。。。人間と違って、外科的にしかはめられないらしい。それからしばらく様子をみていたが…

結果、こんなんなりました。

術後母からの電話、開口一番「犬なのにチキン(笑)」

アカラスもほとんど治り、フッサフサに毛が生えそろった福助。でも、足、丸出し。

グッタリすると目の周り腫れる。


キズだらけの犬。


キリッとしてます。犬だけどチキーン!!!
エリザベスカラーも慣れたもの!!!


今年の4月で、実家へやって来て3年目を迎える福助。病気も治り、外へ散歩へ行くようになっても、犬のお作法(マーキング)も知らない為、最初の電柱でジョ〜ジョバジョバ〜と全部出し切ってしまっていた福助も、最近ではすっかり慣れて、たっぷりお散歩へ連れて行ってもらえてるハズ。そして、彼は毎日を楽しんでいるように思います。だってね。


マイペースな福助。

起きる気配なし。

事務所通してよ!な福助。

ぶっさいく。

口でか。

悪さもする。

大人しくもする。

アカラスの痕。ここだけは今も治らない。

よく眠る。

がぶすけ。

「ボク、ゲンキ!」な福助。






2012/4月。やってきたばかりの福助。

今後、多発性肝外シャントが発症する可能性も充分ありますが、
大好きな家族に囲まれて、
今日も福助は元気です。


福助闘病日記。
おしまい。
author:chiho, category:福助, 23:18
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手術
手術室の自動ドアをくぐってすぐ、座布団くらいの小さなマットが地面に置かれ、その上に福助が横たわっていた。胸から股まで、見事なまでに一直線に切り開かれた、痛々しい大きな傷。福助の小さな口には、酸素吸入に使われた管が入ったままだった。

「胸を開いて…」と手術の内容は聞いていたけれど、縫合された大きな傷を目の当たりにして、本当に大変な手術だったことが見て取れる。
「成功しましたよ」と院長先生は言い、颯爽と去っていかれた。「ありがとうございました!」とお礼を言って見送る。

福助は動かない。痛々しい大きな傷。大丈夫だろうか。。。大丈夫だろうか。本当に目が覚めるのだろうか。。。心配そうに福助を見ていたのを察して、主治医の先生が福助の背中をさすると、福助は足を少し動かした。

「肝臓は半分くらいは削りました。様子を見ながらシャントを縛りましたが、本来行かなければならない血管の方にも血液が流れてはくれたので…もう少し流れると良かったんだけれど。。。まあ、今回の手術だけで大丈夫そうです。後は様子を見ましょう。今は麻酔で眠っているけれど、こうすると足を動かしてくれるので、あとは目が覚めてくれるのを待つだけです。ただ、2〜3日中に容態が急変する事も充分考えられるので、もし何かあれば、電話で連絡しますね」と言われた。

大きな手術を終えた福助に声をかけずにいられなかった。
「ふくちゃん、ぼく、がんばったねぇ。みんな待っとるで、ちゃんと起きないかんよ!」と背中をさすると、先生が触った時と同じように、足を動かした。福助は温かい。このまま目が覚めないなんて考えられない。もう一度背中をさすると、同じように足を動かす。

「あまり触ると、痛みで暴れだすかもしれないのでそれくらいで」と言われ、福助を置いて病院を後にした。どうか、病院から連絡がありませんように。。。

連絡の無いまま翌日を迎えた。という事は、まだ福助は生きている。電話で容態を聞く事が出来たので、こちらから連絡すると、福助は麻酔から目が覚めているとの事だった。数日は何があるか分からないので大喜びは出来ないが、肝臓を半分削っても目が覚めたという福助の生命力の強さに、あいつなら絶対家へ帰ってくると誰もが信じていた。

その日のお見舞いは、母ちゃんと妹に様子を見に行ってもらう。あの大きな傷、まさに切腹。さすがの福助も起き上がることなく横になったまま痛みに耐えていたとの事だった。がんばれ、福助。

ありがたい事に、3日経っても容態は急変することは無かった。あいつの生命力の強さには誰もが脱帽だった。3月生まれの福助。5月に手術。生まれて3ヶ月であの大きな手術を乗り越えた。とにかくすごいヤツ。福助は病院の看護師さんや先生に可愛がられ、しっかり入院生活を満喫し、家に帰ってくることが出来た。


大事なところはヒョイと避けてある


まさに生還!!!


小豆島へ移住すると決めた時、色んな事を想像した。決めるには大きな覚悟が必要だった。旅立つ前に、大きな事を教えられた気がした。そして、5月14日。おばあさんの四十九日も終え、福助の手術も見届けた私は、安心して小豆島へ向かう事にした。


福助の闘病日記
まだ続く…
 
author:chiho, category:福助, 21:00
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交換
アニーちゃんの後釜で実家へやってきた福助。


後釜を探すと言い出した時、保健所や被災した犬の里親になるのがいいんじゃないかと提案もした。が、子犬から育てたいという事で、母と妹はペットショップへと向かった。ペットショップを3軒はしごして「こいつだ!」と決めたそうだ。眠たそうなつぶらな瞳。今思えば病気のせいで大人しかったんだろうな。

近年ペットブームで沢山のペットショップがある。それで、可哀想な境遇の犬やネコが増えたに違いない。無理に子犬や子猫を産ませているせいで病気も多いのかもしれないと思った。「肝臓内門脈 後大静脈シャント血管」と診断され、先天性の病気との診断結果。購入時の契約書みたいなものを読み返してみると「何かあれば同等の犬と交換」と記載があった。なんじゃそりゃと思った私は、福助のいたペットショップへ問合せてみた。

私「先日そちらで白い柴犬を購入したものです。」
店「ありがとうございます!」
私「その柴が先天性の病気で病院にかかってます」
店「そうでしたか」
私「手術の確率は半分で、手術をしなければ治る見込み のない病気といわれています。」
店「そうですか。。。では、同等の犬とご交換なさいま すか?」

おいおいおーい!
そりゃあさ、どんな仕事もマニュアルってあるさ。
でもね、家へ連れて帰ってきた以上、家族!!!

家族を交換とかありえない。

私「いやいやいや、それは無いですよ。家族なんで。ち なみに同じようなケースで、交換する人っているん ですか?交換した場合、その子らはどうなるんです か?」
店「いらっしゃいます。その場合、店で対応します」

あぁ・・・いるんだねぇ。せつねぇなぁ。

私「店で対応?」
店「こちらで育てます」

ペットショップで育てる?病気の犬を?すでに購入金額を超える治療費がかかっている犬を?ホンマかいな。
…いや、これは、ライオンのエサにされる。。。かもしれない!!!

とんちきな話もされたような気がしたが、なんせ1年以上も前の話で覚えていないので割愛しますが、何やかんやと店側との話し合いの結果、福助を店へ返す事は譲らない私に、「福助の購入代を丸々返金する」ということでやり取りは終わったのでした。可哀想な犬やネコを減らすにはどうしたらいいのか。考えさせられました。答えも結果も出ないんだけどね。。。今できるのは、福助を大事にする事。

数日後。。。
「肝臓内門脈 後大静脈シャント血管」と診断された福助は、手術を受ける事になりました。
とても大掛かりな手術で、小さな体にメスを入れるのはもちろんの事、肋骨を外し、肝臓の中にシャントがあるので超音波の出るメス(多分そんな感じ)で肝臓を削ってシャント血管を見つけ出す。

さて、ここからは2パターン。

シャント血管をクリップで止める場合は1回〜2回の手術が必要。血圧により1回で出来ない場合は、もう一度胸を開けて手術が必要となるが、1回で止めるよりもリスクが少ないというもの。

もしくは、フィルムで縛り、あえてシャント血管を癒着させることで、シャント血管を止めてしまおうというもの。

ただし、実際に開けてみなければ、どちらが出来るかわからないとのことだったので、全てお任せすることになった。
点滴治療で体力を回復させつつ様子をみながら、予定していた手術の日がやってきた。

珍しい上に難しい手術だそうで、院長先生が執刀医になってくださり、いつもの先生はサポートにまわるとのお話だった。そして、当日は何かあった場合にすぐに確認が取れるよう、手術室の前に設けられている個室の待合室で待つこととなった。
 
続く
 
author:chiho, category:福助, 18:03
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門脈シャント
犬山動物総合医療センター
http://www.inuyama-vet.com/index.html

前の病院にいる時からセカンドオピニオンが必要だと感じていたので、探しに探して決めた病院。
CT検査やセカンドオピニオンが可能かを問い合せた際、ある先生が電話口に出て下さり、今までの福助の症状や状態を聴いてくれ、一度連れてきて下さいと。

翌日、福助を連れて病院へと向かいました。
電話口で説明をして下さったその先生が福助をみてくれることになりました。
前の病院からもらってきた血液検査の数値と福助の様子から、「門脈シャントが考えられるので、まずは24h、点滴治療をしましょう」と、そのまま入院する事になり、今後の事も兼ねて、CT検査の説明を分かるようにして下さいました。

■門脈シャントは肝臓の病気である。
※肝臓は、血液の老廃物を処理してきれいな血液にするという役目がある。その血液は血管を通って心臓に行き、心臓から全身へと送り出される。門脈シャントとは、本来肝臓を通らなければいけない血液が、肝臓の入り口で異常血管(奇形)が存在するため、肝臓に血液が入らず、直接心臓へ行くので、肝臓というフィルターを通していない老廃物の混ざった血液が全身へ循環してしまっている状態。

■門脈シャントを見分けるには、CT検査が必要である。

■福助は神経症状(同じ所をぐるぐるまわる、ふらつき、震え)がでており、肝臓がすでにダメージを受けている可能性がある。

■肝臓は血液中の老廃物を解毒する役目を持っているが、福助の肝臓が、CTの際使用する麻酔を解毒する力が残っているかどうか、何とも言えないという。要するに、CT検査をしても、麻酔から目覚める事が出来ずに、そのまま逝ってしまう事も十分考えられる。ちなみに、目が覚める確立は1/2である。

■門脈シャントには種類がいくつかあり、検査の結果、毛細上に血管が伸びていた場合は、手術自体が出来ないことが考えられる。
などなど、丁寧に、分かりやすく説明してくれた。

点滴の為数日入院することになった福助。面会も可能という事で、毎日会いに行った。何度目かの面会で、離れた面会室から福助の「キャキャキャンキャンキャン!!!」と言う声も聞けるようになった。面会に行くと、先生は毎回福助の様子を話してくれた。また、こちらの質問にも丁寧に答えてくれ、家族の不安も拭ってくれていた。不在の時は、別の先生に分かるように伝えていて下さり、本当に行き届いていて安心できた。

何日か過ぎ、福助はかなり元気になってきたように見えた。
そこで先生は、点滴を外して錠剤に変え、安定しているようだったら、一旦家で様子をみますかと。

そう、門脈シャントは外科的手術をしなければ治らない病気。その為にはCT検査をする必要がある。生まれてきてまだ数ヶ月の福助。外を散歩した事も無い福助。検査だけでも1/2の生きるか死ぬかの確率なので、私達家族は検査に踏み切れずにいた。症状が落ちついているなら、様子を見ながら通院するもの有りかもしれない。

先生はさらに付け足した。
私の患犬の中でも、通院しながら過ごしている犬がいて、飼主さんは、様子が悪くなると連れてくる(笑)それでも、何年経ったかな、、、と。

外科的治療をしなくても、そうやって付き合っている人もいるんだと思うと、希望が見えた気がした。なので、先生の言う通り、一旦家へ連れて帰るよう準備を進めてもらう事にした。

帰ってきたよ〜!

何日かぶりに家に帰ってきた福助は、最初の症状から比べると見違えるように元気になった。ごはんを食べると数値が変動するので、食事の後は様子を気にかけるように言われていたので、みんなして見守っていた。


キラーン。


こんな表情。

が、それも長くは続かなかった。
またしてもグッタリしだした福助。
もう、覚悟を決めるしかなかった。

何度聞いても確率は上がらなかったけれど、出発の日、みんなして「福助なら大丈夫!!!」「ボク、ガンバレるな!?」「まっとるでな!」「頑張るんだぞ!」と撫で散らかし、目には見えない力を福助に送り込んでいるかのようだった。そして、母ちゃんと妹に連れられ、福助は家を後にした。

病院から帰ってきた母ちゃんに道中の様子を聞くと、福助は車の中でずっと「キャワワワワワ〜キャワワワワワ〜キャワワワワワ〜キャワワワワワワ〜キャワワワワワ〜」と、着くまで言い詰めで、可哀想で泣けてきたわ〜と。まあ、あのお見送りはただ事ではない事を感じとったんでしょうなぁ。。。

そんな福助はCT検査を無事クリアし「肝臓内門脈 後大静脈シャント血管」※肝臓の中を通っているうえに、肝臓の後ろ側にあるので、とにかく手術が難しい状態である事が判明したのだった。

続く

分かりやすいシャントの説明などなど
http://www010.upp.so-net.ne.jp/aikawaVMC/intes/pss.html
http://www.samec.jp/yoku4.htm

 
author:chiho, category:福助, 15:10
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うつろな目
福助がやってきてからというもの、私の頭の中で、エンドレスで流れていた曲のワンフレーズがあった。「喜びで悲しみを包む覚悟をしよう〜♪」By B'z
ばあ様とアニーを立て続けに亡くした後にやってきた福助。まさにそんな感じで日々が過ぎていった。


福助がやって来て2週間近くが経った夜。
私は出先で母ちゃんからの着信が何度も入っている事に気がついた。
電話をすると「福助の様子がおかしい」と言った。聞くと福助は、頭を揺らし、よだれを垂らし、立っていられない。力なく座っているけれど、すこぶる具合が悪い事が見て取れる。

その日は、我が家にしては珍しく、母ちゃんしかいなかった。
私に連絡がつかない母ちゃんは、近所に家の仕事を手伝ってもらっている、とても頼りになる人に連絡し、その人のワンコも利用しているという動物病院へと連れて行ってもらっている途中だった。

私は病院の場所を聞き、「すぐに行く!」と電話を切った。そう言えば、最近元気がないときが多かった気がした。パプパプ音がなるぬいぐるみを放った時も、ちょっと面倒くさそうな時があった。子犬だから遊びつかれたのかな?位にしか思っていなかった。思い起こせば、サインを出していたのか。

「くっそおー!!!なんで気づかんかった!!!」と、車を飛ばす。
予定では30分でつくはずの目的地。さすが私。迷いに迷って、小高い山の頂上(民家一切無し)まで登り、1時間以上かかって到着したのだった。

福助は母ちゃんに抱っこされていた。
目はうつろ。
犬にだって表情はある。
気分が悪そうだと、一目見て分かった。

ドクターは言った
「血液検査の結果から、中毒が考えられます。何か変な物を食べていませんか?例えば、殺虫剤とか…ゴキブリ団子とか、それに近いもの…」

考えに考えたが、全く思い当たらない。
子犬で何でもかじりたいお年頃。福助の届く所には何も置いていないはずだった。でも、ドクターがそういうのであれば、何か食べたのかも知れない…いや、ペットショップで薦められたカリカリが、福助には合わなかったのか?!とも思えてくる。とにかくその日はそのまま入院となり、解毒用の点滴を24時間入れるという治療をはじめた。


解毒用の点滴

翌日、福助の様子を見に行く。
やっぱり目はうつろ。
継続して点滴を受けている。
福助の隣のゲージには、ミホちゃんというワンコが「サワッテ!サワッテヨォー!!!」と吠え散らかす。ミホちゃんもなだめながら福助にも声をかけた。

翌々日、福助の様子を見に行く。
相変わらず、継続して点滴を受けている。
ミホちゃんも「サワッテ!サワッテヨォー!!!」と吠え散らかす。やっぱりミホちゃんもなだめながら福助に声をかける。ミホちゃんの横のゲージには、太っちょのネコちゃんが増えていた。ネコちゃんは「絶食中」という紙が貼ってあった。肥満の治療か…。

翌々翌日、福助は相変わらず、継続して点滴を受けている。ミホちゃんは「サワッテ!サワッテヨォー!!!」と吠え散らかし、ネコちゃんは相変わらずふてくされた顔をしてこちらをチラと見た。

3日たっても福助の様子は良くなっているようには見えない。
中毒なら、少しずつでも解毒されて、元気になっていく筈。
おかしい。どう考えてもおかしい。。。


実は、福助が入院してからすぐに、福助の症状を調べまくり、中毒以外に当てはまりそうな病気に辿り着いた。そこで、弟が獣医と言っていた友人に連絡し、症状を伝え、考えられる事を詳しく聞いておいた。

私はここ3年で、じい様、ばあ様、アニーを亡くした。
じい様は病院にもかかっていた。
アニーも病院にもかかっていた。
病院側の言う事を全て鵜呑みにするのは、色んな意味で良い事ではないと思っている。自分でも理解しようとする事も必要だし、何より、こちら側の希望をしっかり伝える事が大切だと学んだ。我が家に来た福助は大切な家族。その家族を守るのも、家族の役目。なので、思い切ってドクターに聞いてみた。

「症状が改善している様には見えないのですが、凄く重い中毒なのでしょうか。それとも、別の病気が考えられますか?福助が心配で、私なりに色々調べたのですが、門脈シャントの可能性はありませんか?」と。

その夜も福助は病院で過ごした。

翌日ドクターは「門脈シャントの検査をするには、検査代が10万円かかります。エコーとCTが必要です。当医院にはその用意がないので、別の動物病院へ行って検査をお願いしています」と言った。更によくよく聞くと、他病院へ検査を依頼するので、必要ではないエコーもセットになっていて、CTだけをお願いする事が出来なくて、10万円になるということだった。

正直、なんじゃそれ!!!と思った。
人と違って保険がある訳ではないので、医療費がかかるのは分かる。でも、必要ではないエコーも併せてっていうのは、意味が分からない。中毒ではなさそうなので、一旦、福助を連れて帰る事にした。
福助は相変わらずうつろな目をしていた。
 
続く
 
author:chiho, category:福助, 14:15
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